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帰省 使命 後半戦

2008年08月19日 03:22

「人生というのは川みたいなものだから、何をやっていようと流されていくんだ。――中略――。安定とか不安定なんて言うのは、大きな川の流れの中では些細なことなんだ。向かっていく方向に大差がないのなら、好きに生きればいい」。
     伊坂幸太郎 『重力ピエロ』


この週末少しではあったが故郷三重県に帰省してきた。
帰省するときの様式、というかやり方も最近はちょっと決まってきて、誰も連絡せずにいきなり帰って、実家に着いてからいろんな人に連絡をとる。というか、いつも帰省は思い立った時に、だいたい前日ぐらいに思いついて行うから、こんな感じになっちゃう。
いろんな人と話していろんな人の変化を感じる。たかだか半年ぐらい会わないだけなんだけど、どこか前とは違ってる。それが親ではなく同年代の友達に久しぶりに会った時に感じる面白さ。この時期の半年って大きいんだろう。

今回はいろいろ予定が狂いつつも、高校のOB戦へ行って、その他にも地元の友達と会い、話した。
僕が差す「地元」は小・中学校までの友達。学年23人の小学校、90人の中学校、そんな小さな町が僕の地元なのだ。
僕はよく地元の町を例える際に、「同じ学年は、ヤンキーか大工か大学生しかいない」というが、あれは笑い話にしては当たらずとも遠からずで、それぐらい働き口も、生活の便利さもない町なのだ。
そんな環境で幼少時代を過ごしたのは、東京とか町の人から見れば悲しいことかもしれないが、僕は僕である程度正当化できている。遊びがない分、自分で作るしかない。親の釣竿を借りて見よう見まねで釣りのしかけを覚えたりだとか、自分たちで遊びのフィールドを発見して遊んだりだとか、いろんなアイデア、工夫をして幼少期を過ごせたことはいい経験ができたと思っている。今の僕にもこのころのことが活きていると思わなくもない。その程度ではあるが、その程度のことこそが大切だと思う。

もちろん、地元の友達と会って話すことはいつも楽しいことばかりではない。これは特に大学に入ってから顕著ではあるが、夢をあきらめ大学を辞め、家族のために働き始める友人などもいる。それは、とても僕にはできないような大きな決断力のいる立派な選択なんだけれど、そういった友人と夢について語り合う機会も少なくなると思うと、どこかそこはかとなく寂しい思いになる。

こういった経験の中で、帰省をするといつも自分の過去を振り返ったり、考えたりする。これは形式的には山籠りに似ていて、いつもと違う時間が流れる中で、自信を見つめる作業を行っているのだ。今回の帰省でもいろいろな人と会い、いろいろなことを考えた。




それはある種の使命感の話。






うちは貧乏だ。

それぐらいで貧乏面するなと他人には言われそうだが、それは相対的な話で、ある種の水準を示す絶対的なラインなるものがあるとすれば、僕の家族はそれより下の生活水準だっただろう。
定量的に示せばきりがないが大学生の今現在、僕自身は仕送りをもらっていないし、妹ももらっていない。僕たち兄妹は小さい頃から家族の状況に暗黙的に気づいていてはいたが、両親に特に何も言わない。たとえ大学生であろうと必要な分は自分で稼ぐしかないのだ、と自分に言い聞かせながら。

そんな家庭ではあるが、両親は僕たち兄妹をほんとに大切に育ててくれた。生活が苦しい中も、僕たちがやりたいことを尊重してくれ、家族のために働くことを強いることもなく、一人暮らしをして大学に通わせてくれている。そのおかげで、僕も妹も双方今も夢を追うことができているのだ。
経済的地位とか、名声とか何にも誇るものなんてないけれど、毎日一緒に食事をする食卓とか、その中での両親のユーモアある会話とか、僕は最高に誇りに思っているし、両親の寛大さに心から尊敬している。
そんな僕が感じるのはある種の使命感である。将来は、両親にいい親孝行をしてあげたいな、と。そう遠くない将来、親の面倒を一所懸命見てあげたいな、と。それがどこか僕にとっての今までの両親に対するお礼であったりするのかもしれないが、それは決して義務的なものではなく、僕自身の心の奥から純粋に湧き出てくる思いであり使命感。

話はぐっと飛ぶが、これが僕が大学1年生の時、インターンを3か月fで辞めた理由の1つである。インターンはたくさんの大切な仲間とで出会える場であり、僕自身を本当に成長させてくれる場所だと感じていたが、そんな中でふと疑問を持った。周りのインターン生が休学などをして真剣に取り組んでいる姿を見て、どこか自分とは違うと疑問を持ったのだ。「僕には」それより、生きること、の方が大切に思えたのだ。それがインターンを辞めた理由の一つだ。
スタートは遅くなってしまうかもしれないが、僕の家は、生まれた時からゴルファーを目指して練習するような、そんな家庭じゃなかった。ある種自分の現状の立ち位置を把握して下した、ある種合理的な決断ではあったと思う。おそれず言えば「身分をわきまえた」決断だったと思う。

これまでの選択、もそうであったが今からの人生においても、僕にとってこの使命感は大きなものであるし、今後も心の隅に居座り続けるだろう。
でも僕は決して人生を否定的になんか述べていない。
ようは折り合いなんだろうが、ゼロサムゲームだなんてまだ決めつけてしまってはいけない。
夢も使命感も両方追えるように、欲張りに行こうと思う。
そのためにもっと勉強して、頭を使わなきゃ。
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