--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ああすれば、こうなる

2008年10月04日 10:25

「ああすれば、こうなる」というのは養老さんの本でよく書かれている言葉。
簡単にいえば、現代人は問題の解決策が分からなければ「じゃあ、どうすればいいんですか」とすぐに聞くと。

先週の日経ビジネスの「有訓無訓」の欄にもこのようなことが書いてあった。

「ああすればこうなる」が分からない、先が読めない、だから怖い、というのはおかしな話じゃないでしょうか。先は読めないから面白い、読めたら面白くないんですよ。虫捕りの面白さなんか、何がとれるか分からないから行くのであって、どこへいったら何が何匹捕れて、と分かっていたら、ちっとも楽しくない。
          養老猛司「日経ビジネス」2008.9.29号


僕もこの考え方に似ていると思う。特に人生を考える上では。


キャリア・プランという考え方がある。
自分の今できることとこれからやりたいことを照らし合わせ、そのギャップを埋めていく作業だ。

この考え方はある種まっとうだと思うし、自分のやりたいことを実現するためにはかなり合理的な方法だと思う。

でも、やりすぎは少し怖いというか面白くないような気がしてならない。

予想した方向と違えば大きく後悔するだろうし、要するにこの考え方は、極端に言えばたとえば21歳の時に予想した未来をこのあとずっと後追いして実現につなげていくということになってしまうからだ。

その時その時の運や運命によって起こったこと(もちろんいい方向に転ぶのならその人たちも歓迎するんだろうけど、もしそうならない場合も)を楽しめないんじゃないだろうか。
要するに思い描いた絵を実現させていく人生。
まぁ極論だろうけど、ちょっと寂しいような気がする。

その瞬間、その場をどう楽しむかの視点が抜けてしまいそう。
「将来のためだ!!」と、将来感じる喜びを割り引いてそれを現在で感じることはあるかもしれないけれど、純粋に、その今現在にやっていることを楽しめているかと言ったらちょっと疑問が残る。

うーん、難しいんだけどね、どっちつかずの議論だと思う。
でも、なんか、その場を楽しみたいと僕は思ってしまう。その延長線上に夢があれば一番幸せなんだろうな。
スポンサーサイト


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。