--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『投資銀行バブルの終焉』

2009年01月22日 05:37

投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム
(2008/07/17)
倉都 康行

商品詳細を見る


久しぶりに新しい本を買って。先輩に面白いを教えていただき一気に読んだ。

商業銀行、投資銀行へと移り変わる歴史を辿り、その背景、そして近年隆盛を誇る投資銀行の欠陥はどこにあったかを詳しく書いている。どの視点も興味深く非常に参考になった。

近年の金融商品の発達はめまぐるしいものがある。その計算式も複雑で、その種類も多い。現在と未来のものを交換するといったものも多く、その仕組みには「現在価値」という前提が大原則として組み込まれている。
その上で、著者は交換価値と利用価値について言及する。本来上では無縁である交換価値と利用価値であるが、証券化などの金融技術によって利用価値のないものに無理やり交換価値を付与し、それが高い格付けを得ることで、今回のような大規模な危機へと陥ってしまったのだ。

金融危機により信用経済が崩壊したと揶揄されている。信用とは一体何なのだろうか。本書でも書かれているが、信用と信仰は違う。しかし、そこを隔てるものは実はすごく曖昧なものではないだろうか。確かに証券化など複雑な仕組み自体の価値には過小評価すべきでない部分もあり、その理論的なロジックには欠陥は全くなくその部分では信仰すべきに足るものだったかもしれない。しかし、その一旦作ったロジックに盲目的に依存したことに今回の欠陥があったと著者は述べている。その計算式が常に正しいかというのは、その計算式自体からは導かれ得ない。何を信仰していくかということは、常に一歩離れて再考していかなければならない問題である。

最近の政府による救済についても述べている。やはり問題は、資本が有限であることを無視した政策を行っている点である。損失が出れば、公的資金で注入し企業の資本を増強すればいい、という論理は日本の80年代後半のバブル崩壊後を同じだと著者は述べる。
物理でも証明されているが永久機関はあり得ない。このような資本にレバレッジを効かした政策もいずれ頭打ちが来ることは必至である。
「健全なバランスシートに健全な経済が宿る」を結ばれているが、この世界で自由をまとううえでは、やはり倫理観を持った経営・政策が求められる。
スポンサーサイト


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。