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苗字と美貌と育ち

2009年02月09日 23:41

DeNA社長の南場さんのブログの昔の記事に、「ア行の時代」というBlogのエントリーがある。

端折っていうと、要するに、苗字とその人の人間性が対応するというもの。正確には、苗字があいうえお順で早いか遅いかということが人間性に影響するということである。

相田さんとか、秋元さんとか、そういったア行に生まれおちた人は、その天命を背負い、中学高校では出席番号は1番の方になり、その人生を歩み続ける。
一見それだけに見えるが、授業などを思い起こしてもらったら分かるように、ア行の人は先生からの無茶ブリ的発言を求められやすい。

「じゃあ、相田くんからいこっか」

こういった具合である。
そのようなことが1回ならともかく、ア行に生まれおちてしまった故に、この方たちは、何度もこういう突発的発言を求められ、危機対応能力というか、変化適応能力的な能力が備わっているという理論だ。

反対に、ワ行はといえば、それもそれであり、詳しくは南場さんのエントリーを見ていただきたい。


そして最近よく思うのは、このア行の話と同じように、このある種生まれ持った先天性のものが人の反応という後天的なものの繰り返し(刷り込みみたいなもの)で逆に人間性へと結びついているものって他にもあるんじゃないかということ。

例えば、美貌。

きれいな生まれた子どもは、まわりに「きれいだね、きれいだね」と言って育てられる。
それだけでは人間性なんて変わらないのだが、こういう子たちが進級し、学校に通うようになると、その美貌で判断した、異性は、下心あるなしに関わらず、平均値よりは優しく接するだろう。
そうやって人より平均して優しく接してこられた人っていうのは、それなりに一般人とは違う人間性を持っているのではないか。
僕が思っているより、世界はいい人ばっかりなのだと思っているに違いない。
と、いった仮説である。
今度、調査してみようと思う。
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