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エチカの鏡

2009年02月22日 23:15

日曜日は夜遅くまで出歩いていることが多いからか、家に帰ってきて何気なくテレビをつけると、
タモリの「エチカの鏡」がやっていることが多い。
今日もご多分に漏れず、やっており、ちょうど「遺影写真家」の物語がやっていた。

業界指折りの広告写真家からの転身―――。
最高では月給850万円まで稼いでいた。
そんな彼が今では1枚3,800円の遺影を撮影する仕事を行っている。

時代の流れはもちろんあった。
デジタルカメラの出現、それによる職人としてのカメラマンの不要。

そんな中でも彼にはプロの写真家として飯を食べていく方法はあっただろう。
しかし、彼は広告写真にはしがみつかなかった。


ひとつ思いだしたのが、芸術関係の仕事の変化のお話。
国立市でいろいろ活動している中で、昔からのデザイナーさんのお話をお聞きする機会が以前あった。すでに60歳を超えている方。彼も同じようなことを言っていたなぁと思いだしたのだが、昔、具体的にはパソコンが登場するまでの時代の写真家とかデザイナーっていうのは、一種の職人芸だったそうだ。作図をするのも手でやって、そのプロセス自体がそのデザイナーの力量。デザインや写真というアウトプットだけはない総合力。しかしパソコンが出てきて、撮った写真写真とか作図とか全てパソコン上で編集できるようになって話はがらりと変わったという。プロセス自体はアシスタントでも誰でもできるようになった。問題はどれだけいいアウトプットを出せるかどうか。彼らの仕事は大きく変化せざるを得なかったという。

もうひとつ考えさせられたのが、人生観。
60歳まで稼いで、残りの人生20数年間を思いっきり遊んで、死ぬ時あー20年間よく遊んだと振り返る人生って果たして幸せなのだろうか。それは違うんじゃないかって彼はある時気づいたと言っていた。ずっと写真を撮り続けて、誰かの笑顔を見て一生の仕事を終えていくこと。彼はその道を選んでいた。体力の低下とかいろいろなハンディを高齢になったら負うと思う。若い時のように体力に任せた様な働き方はできないかもしれない。その中で、自分の役割を見つけそれを担いながら自分の人生を全うする。生涯自分の仕事を続けていく。まさしくライフワークだ。そうした生き方を僕もしたい。そう思う。
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