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「世界」と「社会」

2009年04月06日 09:49

社会学をかじっていてよく読むのは、「社会」と「世界」は違うってこと。
自分が影響を与え、与えられる範囲が「社会」。
それよりも大きくもうほんと全てを含めて「世界」。

でもね、これって生活の中ではごっちゃになってることが多い。

「世界」ってものはずーっと範囲は変わらないかもしれないけれど、
「社会」ってものは、その時々、その人によって範囲が変わってくる。
「世界」は絶対的。「社会」は相対的。

「世界経済が…」「地球温暖化が世界規模で…」なんか言われて、なんとなく
僕たちもゴミを削減したり、貯金したりして、問題に備えようとしているけれど、
これって「社会」の問題なのか「世界」の問題なのか。

過去を例にとって考えてみる。
昔世界中で戦争が起こっていた。他の民俗は敵であり、その領土を争い闘いを繰り返してきた。
でも、今はそんなこと一部の地域を除いてほとんどありえない。
そう、これは「社会」の範囲が変わったから。
「世界」の大きさも人間の知能レベルも全く変化していないのに、こうやって「社会」が広がった証拠だ。
だから今ではどの国の人でも他人の命を奪ってはいけないし、僕たちの同じ人間だと認識するようになった。

今起こっている問題も、ここをしっかり考えないと根本的に問題を解決できないと思う。

なぜ環境を守ろうって話になるかと言えば、将来の僕たちの子孫の住む環境を守ろうって話だと思う。
その子たちを「私たち」の一部にすることができるかどうか。
要するに「世界に位置する別のもの」って捉えるんじゃなくて、
僕たちの「社会」にいる「我々の一部」だって考えられるかどうか。

テクニカルな問題でいけばどうにでも発展して言って負担のない世界を実現できるんだとうけど、
人間がその方向に向かっていくために社会の定義をきっちりと整備していかないと社会全体として
より大きなパワーが出ないだろうし、この差は非常に大きいと思う。
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