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最後の卒業式

2010年03月25日 14:58

伊藤ゼミ26期生
ゼミのみんなでパシャリ

今でも鮮明に思い出す事が出来る4年前の入学式。4月4日というボクの誕生日がその日で、しかし東京に着いたばかりのボクには、誕生日に一緒にバカ騒ぎしてくれるような友達や家族は一人もいなくて、不安と期待を入り混ぜて入学式に出席していた。
あれから4年間。ゆびっこのみんな、Pro-Kのみんな、ゼミのみんな、その他たくさんの友達と一緒に卒業式後に写真を撮ったりしている中で、ボク自身のかけがえのない一生の宝物をこの4年間で築くことができたんだなと、そしてそんなみんなと今までと同じような環境での付き合い方ができなくなってしまうんだということに寂しくなり、少し涙腺が緩んだ。

人口6,000人にも満たないような三重県のど田舎から出て来て、とにかく突っ走って来た4年間。今この地点で振り返ってみると、自分なりの轍がそこにあるような気がするし、大なり小なり辛い事、大変な事はその時々ではあったけど、それもひっくるめて、満足な幸せな4年間を過ごす事ができたと今思える事、本当に幸せなことだと思う。

1年生の頃はとにかく、右も左も分からず、もがいていた。コミュニティビジネスというものに出会い、国立市の地域活性化活動に取り組む事になった。これまでには無かった責任の重さ、商店街の中で実際に自分たちもお金の損益を気にしながらビジネスをしていくことからは、その全ての活動で大学生ながら社会との接点を持つ事ができ、一気に世界が広がった感覚を今でも覚えている。夏休み前後でいきなり飛び込んだETIC.でのインターンも、1年生からやるなんて無謀ではあったし、何も分からずご迷惑をおかけしてばっかりだったけど、ボクにとってかけがえの無い経験になったし、3年前のインターンにも関わらず今でもつながっているその当時の友人/師匠のみんなはボクのかけがえの無い宝物。中学校の時に少し参加していたボランティア活動を東京でもやりたいと思い、週に一回はボランティア活動に参加し、壮絶な合宿にも参加して、たくさん考え意見をぶつけあい、そしてたくさんの素晴らしい子ども達/仲間と出会う事ができたし、毎週心から笑顔になることができる場所ができた。

2年生になり学年も上がって、どの活動でも責任ある仕事をさせてもらえるようになった。事業を責任を持って取り組んだり、ボランティアサークルでも自分たちの学年が幹事を務めたり。全てに全力で取り組もうと思っていたから、生活も大変なことになり、夜間と早朝のバイトも重なって慢性的な睡眠不足で、体の調子を崩し気味になったりもしたし、この時期は授業なんてそっちのけだった。自分のキャパと、やるべきことやりたいことのギャップに現実を否が応でも突きつけられた時期だったように思う。そんな満身創痍な自分が回り回って全てのみんなに少しずつ迷惑をかけていることが一番辛かった。大口叩いても何もできやしない、目の前にあることをきちんと100%完璧に行えないで、何を成し遂げられるんだ、とすごく反省したし、それからの価値観のベースになっていると思う。

3年生からは、また一つ大きな挑戦として伊藤ゼミに入った。ひたすらがむしゃらに取り組んで来た2年間の、いわば現場の取り組みで感じた、学問の必要性。そして特にコミュニティビジネスをやっていて感じた会計/財務への興味から伊藤先生のゼミに入った。まさかゼミのグループワークで徹夜するなんて思ってもいなかったけど、入ってしょっぱなの課題から議論がぶつかり徹夜で月曜日のゼミを迎える。それからはもう、大学に泊まり込むなんて珍しい事じゃなくなった。確かに幼稚なディスカッションだったり、自分たちの視点が足らないから、徹夜という結果に陥ってしまっていたのかもしれないけれど、ボクはこのゼミの取り組みで物事に向かう心構え/態度を素晴らしいゼミテン達から学んだ。たった一つの真実を力強く、そして一切妥協せずに追い求める姿。だからこそ、時にはけんか越しになるような議論になったりもしたけれど、自分の揺るぎない信念を持ち取り組むことの大切さ。
先生がよく使う言葉に、アルフレッド・マーシャルの「Cool Head,but Warm Heart.」と言う言葉があるけれど、その大切さを身を以て感じた経験だった。チームで一つの真実に向かって取り組んでいくこと、振り返れば苦しくもがき苦しむ事ばかりだったが、全然ジャンルは違うけれど、高校の時のラグビー部と同じようなアツさを感じた。

そして4年生。個人的には、グローバルという視点を軸に始めてのバックパック旅行にも挑戦した。1ヶ月をかけた東南アジア4カ国の周遊では、世界の広さ/多様さに始めて触れたように感じる。冬には、エジプトやフランスにも行く事が出来、今までどこか現実味の無かったグローバルという視点がとてつもなくリアルに、そしてあまり分け隔てて考えるべきものでもないことにように思ったし、どこかのタイミングでまた接点を持ちたいと思っている。
そして卒論。最後の最後まで先生にはねつけられながら、それでも自分たちの信念を持って取り組んだ。出来上がった時の本を手にしずっしりとした重みを感じた時には、1年以上も取り組んできた日々の取り組みがフラッシュバックして、少し胸がアツくなった。

たくさんの仲間/先輩/後輩がボクの大学生生活の様々なきっかけを与えてくれましたし、彼ら/彼女らからたくさんのことを学びました。間違いなく、ボクの大学生活の最大の財産はみんなと出会う事ができたこと。特に国立市でのコミュニティビジネスでは、商店主の方々(ボクのお父さんや、もしくはおじいちゃんのような年代の方々)にお世話になり、本当にこの大学のある国立市に、「帰ってくる」と言えるような、第二の故郷ができた。地域活性化なんて言うとおこがましいけれど、このひとりぼっちで住み始めた国立市に第二の故郷ができたこと、それだけで、ほんとにやってて良かったと思う。

この一週間あまり、追いコンや卒業に際しての集まりなど、たくさんの人達と会う事ができた。そして卒業式には両親も駆けつけてくれた。
大学を卒業し社会人になることは、ボクだけの節目ではないというそんな当たり前のことに気付いた一週間だった。
そして、家族・友人などたくさんの人達の中で、たくさんの優しさに包まれて、日々を過ごすことができていること。本当にありがとうございます。
この卒業に際して、”感謝”という気持ちをとても大切にしたいと思った。これからは日々のひとつひとつにもっと声に出して感謝していこう。

そして今回の卒業は、大学という4年間の学生生活からの卒業式であること以上に、これまで過ごして来た、小学校から数えれば16年間という今までの人生のほとんどを過ごした学生という立場からの卒業である。
学生から社会人へ、サービスの受給者からサービスの提供者へ、いろいろな言い方で表現できるのかもしれませんが、間違いなく今までとは違った大きな節目。その期待以上に、不安ももちろんあるし、いろいろな感情が入り交じった状態です。

卒業式に来てくれた母親からメールが届きました。「これからも泉らしく、頑張りなさい!」。
大学生活で「ボクらしく」もだいぶ変わったかもしれません。でも、このボクでボクらしく、例えかっこ悪くてもこれからもボク自身の目標に向かってチャレンジし続けたいと思います。

最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございます!
そして、これからも末永くよろしくお願いします。


2010年3月25日
小雨が降り続く都内にて 


追いコンでもらった金メダル
サークルの追いコンでもらった金メダル
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