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『モモ』の世界観

2010年10月20日 23:21

『モモ』という児童文学をご存知だろうか。

小さな女の子モモ、ベッポじいさん、ジジ、そして時間泥棒と呼ばれる灰色の男たち、が出てくる物語と言えば誰でもなんとなく、小さい頃に読み聞きした覚えがあるのではないだろうか。

愛蔵版 モモ愛蔵版 モモ
(2001/11)
ミヒャエル エンデ

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9月の中旬、ちょうど月曜日が祝日だった際に、久しぶりに「クルミドの夕べ」に行ったのだが、そのときのテーマが『モモ』の作家である、ミヒャエル・エンデであった。それから懐かしい本書がものすごく読みたくなったので時間を見つけて読んでみた。児童文学という括りであるにも関わらず内容は深く、現実社会の問題をまざまざと見せつけられ、10数年ぶりに改めて読むと非常に考えることが多い内容だったため、ここに少しメモ。

名前を聞いただけでは、ちょっと内容が思い出せないという人のために、あらすじ。

 イタリア・ローマを思わせる大都会の街外れにある古代円形劇場の廃墟。そこに住み着いた不思議な少女モモが主人公。モモは「人の話しを聞く才能」を持っていて、街の皆の相談役になります。喧嘩中の人達がモモの前で話し合えば不思議と仲直りできました。作り話や子供達の冒険ごっこにモモが加われば、いつも以上に想像が広がり、皆が楽しめました。特に街一番のホラ吹き・夢想家の「ジジ」と、寡黙な掃除夫「ベッポ」とモモは厚い友情で結ばれました。

 そんな平和な街に、ある日「灰色の男達」がやってきます。どこからともなく、一体いつからか、誰も気付かないうちに街中に灰色の男が現れました。灰色の男達は「時間貯蓄銀行」の社員であり、人々に「時間を貯蓄すれば、利息をつけて返し、寿命を延ばす」と約束します。次第に人々は時間を節約するようになり、子供に構わなくなり、お店は利益優先となり、街から笑い声が消えていきました。
古代円形劇場にも、誰も訪れなくなりました。

 異変に気付いたモモは、皆の時間が灰色の男達に騙されて盗まれていることを知ります。
ジジとベッポ、街の人々に事実を伝えようとしますが、灰色の男達から狙われるようになります。
果たしてモモは灰色の男達と戦い、無事に皆の時間を取り戻すことができるのか…。
モモ(MOMO) ミヒャエル・エンデ(Michael Ende)


時間泥棒である「灰色の男たち」が現れてから、街ではせかせかと働く人が増える。灰色の男たちは、人々に時間の無駄を徹底的に省かせ、その余った時間を自分のものにしてしまうのだ。街の人々は「良い暮らし」と信じて無駄な時間を一切節約し、追い立てられるような生活を送るようになる。確かに時間を節約して働く事で車を買ったり、豊かになる者も増える。しかし「忙しい、時間がない」と人々は時間に追われる日々を過ごし、心にも余裕が無くなっていく。

「でも時間はどこから手に入れます?倹約するしかないんですよ。フージーさん、あなたはまったく無責任に自分の時間をむだづかいしています。おわかりいただけるように、ちょっと計算してみましょうか。一分は六十秒です。一時間は六十分。この計算についてこられますか...では少なめに七十歳までとして計算してみましょう。つまり三億一千五百三十六万の七倍ですな。答えは、二十二億七百五十二万秒。」
ー少年文庫版 P.88


本書が初めて世に出たのは1973年。この頃には、架空の笑い話なのかもしれないが、ふと今の世の中を見ると、どうも笑い話を聞いているようには思えなかった。私自分を含め、時間の節約、そして時間に追われる日々を過ごしているし、ひょっとすると時間泥棒がいるのではないか、と思うほどに、どこか現実はモモの世界と酷似しているようにボクには見えてならない。
本書は世界的に大ヒットとなっているのだが、作者の出身国であるドイツの次に、日本での売り上げが大きいというのは、非常に意味するところが大きい。

本書のテーマを一言で言うならば、「時間」である。時間とは何か、そしてそれは死生観をも含み、物語全体の中で横たわる問いである。

「とてとてもふしぎな、それでいてきわめて日常的なひとつの秘密があります。すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく知っていますが、そのことを考えてみる人はほとんどいません。たいていの人はその分けまえをもらうだけもらって、それをいっこうにふしぎとも思わないのです。この秘密とは―ー時間です。
 時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
 なぜならば時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。」
ー少年文庫版 P.83

手段と目的の間違いというのは、色々なところで起こってしまいがちな問題ではあるが、灰色の男たちに支配されたモモの世界でも、本来手段であるべき時間の節約が目的となっている。そしてそれは、ボクたちが生きている世界の大きな問題をズバリと言い当てているのではないだろうか。

ふと、我々自身のことを考えても、この時間という問題において手段と目的をごちゃごちゃにしている場合が多い。日々せかせかと生きることが目的であることはほとんど無いのではないか。本書は日頃なかなかじっと立ち止まって考える機会のないこの問題を考えさせてくれた。

「『わたしは今の話を、』とそのひとは言いました。『過去におこったことのように話しましたね。でもそれを将来おこることとしてお話ししてもよかったんですよ。わたしにとっては、どちらでもそう大きなちがいはありません。』」
ー少年文庫版 P.398<作者のみじかいあとがき>

大人もちょっとドキっとさせられる作品である。

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