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日本という市場の特殊性は吉なのか凶なのか

2009年07月03日 09:07

ちょっと昔の内田樹のブログで日本の市場性について述べられていたことが忘れられず最近また意識することが多いので少し自分の中でまとめておこうと思う。

先日、苅谷剛彦さんと対談したときに、日本のように「国内に同国語の十分なリテラシーをもつ読者が1億以上」というような市場をもつ国は世界にほとんど存在しない、ということを指摘していただいて、「ほんとにそうだよな」と思ったことがある。
「国内に同国語の十分なリテラシーをもつ読者が一億以上」いるということは、言い換えると、「日本語を解する読者だけを想定して著作や出版をやっていても、飯が食える」ということである。
日本人が「内向き」なのは、要するに「内向きでも飯が食える」からである。


と始まるブログ。
日本の市場性を論じると、日頃「内向きが悪」「日本という市場の小ささ(世界の60億分の1しかない人口)」が論じられ、これからは海外へ出ていく時代だとよく聞くのであるが、どこか狐につままれたような、それでいて非常に的を射ているように聞こえ、頭の中から離れない。

国民数だけを取ってみて、1人1円ずつもらったら、1億2000万円にしかならず、それこそアメリカとか中国とかには到底かなわないが、言語のリテラシーを鑑みると、日本と言う市場が最も広いのではないか。
そして、その1億2000万という市場さえあれば、海外に出る必要もなく、日本の市場を相手にしていれば、メシが食えるのだという。

こういう議論を読みながら、日本が日本故に陥っている問題点は多いなと感じた。
江戸時代あれだけ長い間「鎖国」しながらも、国内平和に保てていたのは、日本国内という市場が大きくメシを食うのに困らなかったからであるが、それは「開国」にとっても全く同じ意味としてそのまま用いることができると思う。

それは日本語という言語、習慣、考え方、など日本の特殊性というものに起因するものであるが、要するに「開国」をしたとして、海外→日本とそのままのものを流入することは言語の問題だけを取って見ても難しく、日本人的なものにカスタマイズする必要があり、日本人はことごとく、この日本の市場の特殊性で得をし、言ってみればこの参入障壁だけでも儲けることができるということである。
例えば、アメリカで5年前に流行ったものは日本でも流行ると言われ、なんでもそうであるがSNSなどでも、日本用にカスタマイズされ日本にそのまま入ってきた。
ただ日本人に合うように「日本用」にアレンジし、日本向けに作るだけであれだけの大きな新市場が作り上げられるのである。

しかしそう、ココが問題なのである。
「日本人の特殊性」「閉鎖的な環境」というのは、要するに英語を代表とする言語圏から見ればニッチなのであり、しかしそれでいて非常に大きなニッチ市場なのである。日本用にカスタマイズすれば売れていくし、そういったカスタマイズに甘んじていても儲けることはできる。高い志を持っていようとも、もっと投下資本を少なくして大きなリターンを得る方法が転がっており、そちらに甘んじ、どこかで議論がすり替わる。

日本と言う、狭く、特殊で、それでいて大きな島国に住んでいるからこそ、できることできないこと(自然に成り立ちやすいこと成り立ちにくいこと)があるというのは常に意識しなければいけない。
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