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『村上春樹にご用心』 内田樹 著

2009年09月18日 13:15


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「「村上春樹の小説のテーマって何でしょう?」いきなり学生にそう聞かれた。むずかしい問題だ。「気分のよいバーで飲む冷えたビールは美味しい」というのは間違いなく全作品に共通する言明ではあるが、これは「テーマ」とは言えない。しかし、あらゆる質問に間髪を入れずに答えるのは大学教師に求められる重要な技能の一つである。私は即座に答えた。「それはね、ヨシオカくん。『邪悪なものが存在する』ということだよ」言ってから、意外なことに正解を言い当ててしまったことに気がついた」
(内田樹 著『村上春樹にご用心』204項)

村上春樹×内田樹という組み合わせは、以前レビューで書いた、糸井重里×村上春樹と同じぐらいボクには贅沢なキャスティングで、盆と正月が一緒に来たような組み合わせである。
これは売れないはずがない。

内田先生ご自身が「ハードディスクの中を「村上春樹」で検索すると、200ほどのファイルがわらわらと出てくる」というぐらいご自身のブログや記事で村上春樹に言及しており、本書はそのたくさんの記事をまとめたものである。
全体の流れや個々の文章同士のつながりはあまりないところもあるが、本書のテキストを読めば、内田先生の村上春樹論が分かり、村上春樹作品の読み方が変わるのは間違いない。

題名からすると、批判的立場かとも取れるが、内田先生は至極肯定的に村上作品を受け入れている。

・「人間的世界がカオスに呑み込まれないように、崖っぷちに立って毎日数センチずつじりじり押し戻す仕事」
「とくに達成感があるわけでもないし、賃金も支払われないし、社会的敬意も向けられない。けれども、誰かが黙ってこの『雪かき仕事』をしていないと、人間的秩序は崩落してしまう」
と本文中で述べられており、村上春樹が作中で「文化的雪かき」と書かれている、センチネル、キャッチャーの話。

・「意味のないメッセージには意味のない可能性がある」という合理を求める私たちの意識に反する世界の提示。

・「私たちが世界のすべての人々と「共有」しているものは、「共有されているもの」ではなく、実は「共に欠いているもの」であるという逆説。

などなど、村上春樹の良い意味で敷居の低い小説の中の世界感を、内田節で語っていく。

世界的に認められているにも関わらず、日本の文壇では評価が低く、辛い評価を受けることも少なくない村上春樹であるが、
そんな状況に対して内田先生が言う
「そもそもある作家を名指しして「こいつの本は読むな」というのは批評家の態度として、よろしくないと思う。「まあ、いいから騙されたと思って読んでご覧なさい。私の言うとおりだからという方が筋じゃないのかな」
という批評についての態度は見習っていきたいと思う。

『シャープを創った男 早川徳次伝』

2009年07月29日 11:48


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「小学校さえろくに行けなかった徳次は、せめて自分の工場で働く青少年に勉学の機会を与えたいと思っていた。徳次の信条であり、戦後の社訓にもなる「五つの蓄積」(信条・資本・奉仕・人材・取引先)のうちの一つ、「人材の蓄積」のためでもあった。徳次はこう記している。「まず経営者たる自分が燃えなければ社員の心に火を付けることは難しい。私は社是の一つとして人材の蓄積と言うことをあげているが決して秀才集めではない。むろん頭のいい収載に越したことはないが、事業に実際にたずさわっているうちに、いわゆるものの役に立つ人間を現場でつくり上げていく。会社に相応する各層の精鋭たる持駒をできるだけ数多く揃える。これがいわゆる私の人材の蓄積なのである。愛情をもって社員に接し、教育し、そだてていってこそ会社にとって必要な人材が蓄積されて行く」」本文中より。



早川電機工業、現在のシャープ株式会社の創業者、早川徳次の伝記。
伝記類はあまり読まないのであるが、読み始めてみると面白く一気に読み切ってしまった。

1883年(明治26年)に三男三女の早川家の末子として生まれた徳次。後に関東大震災、太平洋戦争も待ち構えている、正に激動の時代に生まれたのである。

8歳にして坂田家への年季奉公へ、19歳で「徳尾錠」を発明して起業へ、そして22歳にして後のシャープという会社名の起源ともなった早川式繰出鉛筆(シャープペンシル)を発明した徳次。
苦労をしながらも発明とその努力で会社を大きくしていったが、そううまくはいかないのが彼の宿命であった。30歳の時、関東大震災が直撃し、工業や機械、そして家族までもが犠牲になり、借金返済のため徳次はその代名詞でもあったシャープペンシルの事業を譲渡する。大阪に渡り一からの出直しである。ここでラジオに目をつけ、国産一号機を開発。畑違いの技術であっても、想像を絶するような努力でカバーしていく徳次。彼の才能もあったかもしれないが、その情熱は並大抵の人には真似できるものではない。
ラジオなどの技術は、後の太平洋戦争へ向けても国策として重宝され、レーダー技術の開発など時代が戦争に向かう中彼は働き続けた。「当たる時は、当たるんだ。死ぬ時は、死ぬんだ」とB29が飛び交う中、一度も防空壕に入らなかったその胆力が彼を物語っている。
何度も苦しい思いをしながらも、決して諦めずその度に再起していく徳次。執念ともいえる情熱には本書を通じて非常に勉強させてもらった。

再起にはいつも協力してくれる仲間がいる徳次。成功の保証のない大阪での事業でも、高給を捨て、彼の小さな工場へと着いてきた従業員は数知れない。彼が不運にいた中でも、こう何回も這い上がってこれたのは彼を慕う仲間や恩人がいたからであり、そのような関係を築くことができた彼の人徳の賜物であった。

また本書を通じて感じたのは、20世紀という世紀である。それは正に徳次の人生が物語っているように、日本にとって大きく世界舞台へと上がっていく世紀だったのだ。
途中戦争と言う大きな過ちを犯しつつも、国内では徳次を始め、松下幸之助や井深大など現代の大企業に名を連ねる企業の創業者が現れ、彼らの発明により日本は豊かになっていき、日本がだんだんと世界に追い付いてきたのだ。

シャープペンシルから、ラジオ、テレビ、電卓、液晶と、今でも日本の技術の最先端を走っているシャープ株式会社。その源泉に触れられる一冊である。

『読んでいない本について堂々と語る方法』

2009年07月27日 11:53


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「読書のパラドックスは、自分自身に至るためには書物を経由しなければならないが、書物はあくまで通過点でなければならないという点にある。良い読者が実践するのは、さまざまな書物を横断することなのである。良い読者は、書物の各々が自分自身の一部をかかえもっており、もし書物そのものに足を止めてしまわない賢明さを持ち合わせていれば、その自分自身に道を開いてくれるということを知っているのだ」本文中より。



初めに断っておくが、この本は「読んでいない本について堂々と語る方法」は教えてくれない。
ハウツー本として読み始めたならきっと後悔することになるだろう。
我々の「読書」について。そしてどういった心持で書物に向き合うべきかを考えさせてくれる非常に興味深い本である。

我々が本を読む際、どういった態度で読んでいるだろうか。
著者の体系立った膨大な知識を前にしてひれ伏し、神聖な思いでページをめくり、そこにある知を絶対的な知として受け入れているのではないだろうか。
日頃、客観的な知の習得を目的にしてしまいがちな読書において、読む中で創作者になるという視点の重要さを気付かせてくれる。

ボクも比較的多くの本を読む方であるが、多くの本をそのまま詳細に覚えておくことは難しい。
「本を読むこと」と「本を読まないこと」の違いはどういったものかも含めて、「読書」とはどういうものかを有意義な形で再定義してくれた本書に感謝である。


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